筑後6



鷹尾城江浦城今福城福島城犬尾城

鷹尾城

大和町【最寄り駅】西鉄大牟田線西鉄中島駅

田尻氏の本城。竜造寺勢に囲まれたりもしたが、守り通した。
現在は遺構ははっきりせず、田尻親種の墓がある。


江浦城

みやま市(旧高田町)【最寄り駅】西鉄大牟田線江の浦駅

田尻氏の4支城の1つ。永江氏の居城で田尻氏とともに守った。立花宗茂の柳川藩主と なった際に弟の統増の居城となった。その後、柳川藩が田中氏の際に一国一城令で 破却された。
現在はこの辺りも田んぼや民家、淀姫神社となって遺構ははっきりしない。


今福城

みやま市(旧高田町)【最寄り駅】鹿児島本線渡瀬駅

三池氏の居城。田尻氏に落城された。
現在は水天宮があり竹藪となっている。しかし、曲輪の跡はそれなりに残っている。

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福島城

八女市

筑紫広門が秀吉から拝領したが、関ケ原の戦いで西軍についた為に改易になった。 その後、柳川の田中吉政の領するところとなったが、 田中家も嗣子断絶で改易になった。
現在は天守台のみが残る。 かつては3重の堀もあったようだが、その跡も八女公園内の堀割を除けばない。
【追記】
天正15年(1587)に筑紫広門が山下城に入り、ここに支城を築いた。 が、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで西軍に属したために除封となり、 田中吉政の三男康政が入り、規模を拡張させた。 しかし元和6年(1620)田中家の嗣子断絶で除封となり、その後、久留米藩の有馬家の領地となったが、 一国一城令で廃城となった。(現地説明版より)

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犬尾城

八女市

黒木氏の同族川崎氏の居城。 最初は大友氏に属したが、耳川の戦いでの大友氏の大敗北の後に龍造寺氏に与した。 その後、大友義統の筑後侵入で立花・高橋軍の援軍が到着後、 猫尾城が落城するとこちらも降伏した。
童男山古墳の裏手にある山。 堀切の跡は残り、本丸跡は訪れる人もいないせいか草が繁茂しまくっている。



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